「立つ」ことで変わる、今見えている世界 〜人生を変えるウォーキング教室〜

「立つ」ことで変わる、今見えている世界 〜人生を変えるウォーキング教室〜

電車に揺られて帰宅途中、窓の外を眺めていると、いつもと違う景色が目に入る。ふと気がつくと、いつもより背筋が伸びて立っていた。普段は本を読んだりスマートフォンを見たりして、下を向いて過ごす車内での時間。でも、視線を上げて立つだけで、見える世界が変わる。

こんにちは、理学療法士の大塚です。

人間の成長過程における「立つ」という行為には、いくつかの重要な変化が隠されています。

赤ちゃんは生まれてから、寝返りやハイハイで自分の意思による移動を始めています。そこから立位を獲得すると、3つの大きな変化が起こります。

立つことでもたらされる3つの重要な変化

1. 視点の変化

一つ目は、視点の劇的な変化です。

立つことで、視線は自分の身体機能で到達できる最も高い位置まで上がります。すると、今まで見えなかった遠くの景色が見えるようになる。這っている時は目の前の玩具しか見えなかった赤ちゃんが、立つことで部屋の向こうにある興味深いものまで見渡せるようになります。より遠くの目標を見通せるようになることで、行動の選択肢も広がっていくのです。

2. 安定性の変化

二つ目は、安定性の変化です。

立位では支持基底面(体を支える面積)が小さくなります。這っている時のように、お腹と手足で床を広く支える状態と比べると、明らかに不安定です。でも、この「不安定さ」がかえって身体を自由に動かしやすくしているのです。安定しているということは言い換えると動きにくいということ、不安定ということは言い換えると動きやすいということです。これを動的安定性と言います。一旦座ってしまうと腰が落ち着いてすぐに動けなるのは座っている姿勢が立っている姿勢より安定しているからです。

お腹を床につけて這っている状態より、立っている方が素早く方向転換ができるのは、このためです。支持基底面が小さくなることで、かえって目的地への移動が容易になるという、一見矛盾したような特徴があります。

3. 両手の解放

三つ目は、両手が自由になることです。

ハイハイの時期、手は移動のための大切な道具でした。地面を這う時の支えであり、前に進むための推進力です。でも、立つことで両手が解放されます。移動のための道具だった手が、物を掴んだり、操作したり、作業をしたりできるようになるのです。

この「手の解放」は、人類の進化においても重要な出来事でした。道具を使い、物を作り出す。それが可能になったのは、立って両手が使えるようになったからなのです。

Gravity Purposeと立位の重要性

Gravity Purpose(GP)理論では、「目的地を定め、現在地を確認してから動き出す」ことの重要性を説いています。立つことは、まさにその「現在地を確認する」という重要な役割を果たしているのです。

より遠くの目標が見え、体は動きやすくなり、両手が使えるようになる。この3つの変化により、人は目的に向かってより効率的に行動できるようになります。

歩行の基礎としての立位

そして、これらの変化は歩行をより快適にする土台ともなります。立位での安定性を獲得することで、片足立ちのバランスが取りやすくなり、歩行時の重心移動がスムーズになります。また、視界が広がることで、歩く先の路面状況や障害物を事前に確認でき、安全な歩行が可能になります。両手が自由になることで、必要に応じて手すりを使ったり、バランスを取ったりすることもできます。

つまり、「立つ」ことは「歩く」ための重要な準備段階であり、より良い歩行を可能にする基礎となるのです。

日常生活における立位の意味

日常生活でもその重要性は変わりません。

料理をする時、まな板の前でしっかりと立ち、自分の位置を確認します。視界が確保され、必要な材料が見渡せます。その立ち位置から、両手を使って調理に集中できる。立位がぐらついていると、包丁を使う時に力が入りすぎたり、肩が凝ったりしてしまうのです。

電車の中で安定して立っているように見える人は、必ず自分の足の位置を意識しています。そこを基点に、電車の揺れに合わせて重心を微調整しているのです。手すりを握る手に体重を預けすぎないことで、突然の揺れにも対応できます。

このように「立つ」という行為は、全ての行動の出発点なのです。

ある40代の患者さんが言っていました。 「姿勢を正して立つようになってから、仕事での決断が早くなりました。立ち位置がハッキリすると、次に何をすべきかが見えやすくなるんです」

その通りかもしれません。人生の岐路に立った時、私たちは「立ち位置を確認する」という表現を使います。それは、現在の自分の位置を知ることが、次の一歩を踏み出すために必要不可欠だからです。

立って前を向くと、座っている時には見えなかった景色が見えてきます。そこに新しい目標を見つけることもできるでしょう。両手は自由に使え、体は思い通りの方向に動かせる。この「立つ」という当たり前の動作が、実は私たちの可能性を大きく広げているのです。

自分の足で立つ。それは単に体を支えることではありません。自分の立ち位置を知り、次の一歩を踏み出す準備をすること。そして、より遠くの目標に向かって歩き出す勇気を持つこと。

明日からでも始められます。朝、目覚めたら、まずはしっかりと立ってみましょう。そこがあなたの新しい一歩の始まりになるはずです。

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